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人生を変えるためにきた岩野杏奈の覚悟の上京とGTALIAでの挫折

2023.04.01

「私、挫折を知らないで生きてきちゃったんですよね」と人生を振り返りながらインタビューに応じてくれたのは、岩野杏奈(28)。2022年春、北海道から一人上京してGTALIAに入社した。

ピッツァ職人のYoutuberに憧れて女ピッツァ職人を目指すことを決め「将来は北海道でピザを焼いて、親を楽にさせてあげたい」と話す彼女は、人生をかけて大切にしたい母親への想いと、自分の人生を変えたいという強い意志を持つ女性だった。

■自分を変えたい

ーなぜ地元の北海道を離れ上京してきたのですか?

高校卒業後、地元の野菜加工工場で9年間製造主任として働いていたのですが、同じ作業ばかりで、生きていく上で何かが欠けていると思い始めたんです。

スナックを経営してお金を稼ぐシングルマザーの母親の話を聞いていて、みんな苦労して今があるのに、今の自分には何にも中身がないと思って。本当は私、実家も母も大好きで離れたくありませんでした。でも母親と一緒にいすぎて親を大事に思えない瞬間が何回かあり、そんな自分自身も嫌でした。

離れてもっと親への感謝を知るべきだし、年齢的にも地元を離れて新しいことに挑戦するには今しかないと思い、仕事を辞めて上京することを決めました。

■1000大変なことあるけど一万いいことがある店

ーごまんとある都内のピッツェリアの中で、なぜGTALIA DA FILIPPOに?

私は、フィリッポさんのことも、イタリアのことも、ピッツェリアのことも何も知らないゼロの状態で来たんです。

東京の求人サイトにはたくさんのお店が並んでいて、どう選べばいいのかわからない。だから、インスタを見ました。「スタッフさんが笑顔で写っていること」「インスタの動画でスタッフがふざけてること」で条件を絞っていくと、6~7店舗が残りました。ふざけられるってことは環境や雰囲気がいいからだと思います。料理しか載せていないお店、スタッフがただ笑ってるだけのお店が多い中で、このお店のインスタはふざけてる人ばかりでしたね。

「私は料理もできないし、ピッツァのことも何も知らない。だけど人生を変えたい。なんなら挫折を味わいにきました」と、面接の時にオーナーの岩澤さんに伝えると「飛び込む気があるんだったらおいで」と言ってくれて。

実は他の店とも最後まで悩みすぎて、占いにいったんです。フィリッポはなんかすごい波のカードが出てきて、占い師には「ここでは1000大変なことがあるけど、一万いいことがある」と言われたんです。苦労するけどその分得るものが多いというこのお店に人生を賭ける覚悟を決めました。

■弱い自分を受け止める

ー毎日忙しいこのお店で働いてみて、どう感じていますか?

めちゃめちゃ大変です。でも岩澤さんから教えてもらうことは、仕事のことよりも、気遣いや料理を出すタイミングなど、人としてのことが多くて。

今まで工場の野菜としか向き合って来なかったから、仕事で人の心のことなんて考えたこともなかったです。

最初の半年は毎日を過ごすのに必死で、言われていることも何もわからず、このまま潰れるかもしれないと思っていました。

1回やめようと思ったんです。去年倒れて1日休んだ翌日は、もう2度とお店にいけないと思うくらいの精神状態でした。でも、岩澤さんには絶対に来た方がいいと言われて、彼は鬼だと思いながら、嫌々自転車を漕いで行きました。

その日「お前がここで来なかったら今までのお前が頑張って築いた信頼もなくなっちゃうし、居場所がなくなっちゃう。お前が今日きたことによって、信頼してみんな助けてくれるから」と言われました。

その通りでした。

その後、楽になったんです。それまではいつもお店に迷惑をかけている自分を責めていましたが、弱い自分を受け入れられるようになりました。今考えると、成長するための成長痛みたいなものだったのかな。

段々とお客さんも私のことを覚え始めてくれて。「北海道のタトゥー姉ちゃんでしょう」みたいな。私にとってこの店が東京の家族であり、お客さんは先生でもあり、ご近所さんのような存在になりました。そしてその頃から、岩澤さんの言うことがわかり始めてきました。

ー岩澤さんからはどんなことを学んでいますか?

「お金がなくても、とにかくいろんなとこ食べに行って勉強してきなさい」と言われたんです。最初は料理を食べて勉強してこい、という意味だと思ってたんですけど、そうではなくて人の動きや接客の動きを学ぶんだと気づきました。

いつも、忙しい中でも絶対に作業的になるなと言われています。

お客様の期待を裏切り、超えなきゃいけない。一つ一つのテーブルにそれぞれの物語があり、そこで最高のタイミングで出すことを当たり前にする。

料理や飲み物をただ提供するのではなく、耳を澄まして、お祝いの話が聞こえたらサプライズで何か出してあげたり、お腹いっぱいという声が聞こえたら少ない量でもできますよ、と提案してあげたり、どうやってあのテーブルをコーディネートしよう、と毎日考えられるようになりました。

■見た目を武器に

ータトゥーを出すことに抵抗はありませんでしたか?

最初はピアスも取っていたし、長袖をきてタトゥーも隠していました。でも岩澤さんに、「隠すな」っていわれて。何でバレたか知らないですけどね。

「日本では駄目だけど、世界で見たら普通だし、お前はそれで先頭立てよ」と。「だらしない営業すれば刺青のせいになる。でも、あんながもっとかっこいいことすれば、すげーじゃん、かっこいいじゃんってなるんだ」

だから今はタトゥーも全開です!

左半分が家族の事。右半分は好きなもの。自分が生きているのは、親がいるからです。親が作り出した心臓で、母が自分にとっての王様のような、一番の存在なので、心臓の上に王冠を掘っています。

「ここにはお母さんと一緒に撮った証明写真が入っているんです」と言って左胸の上に刻まれたタトゥーを見せてくれた。親が証明写真撮る際、預ける人がおらず膝の上に乗せて一緒に撮った思い出の一枚。

■今と未来

ーこのお店はどんな店だと思いますか?

元気のない人が来て最後に笑って帰る場所じゃないですかね。自分自身もそうだし。

お客さまが「この子元気ないから」と言って連れてきてピッツァを食べると、ケロっとした笑顔で帰ることもよくあります。帰り際のお客さんの喜び方が尋常じゃないんです。そんなレストラン、他にないですよ。

お店の先輩方はわたしの教科書ですよね。理科社会数学みたいな感じで、みんながそれぞれ尊敬する部分を持っているから、私はこの先輩たちのもとで働けることが本当に恵まれていると思います。忙しい時でも、いつも出てくる料理は最高の一品なんです。それをみると自分はまだ未熟だなと思います。

人生をちゃんと生きてるから、毎日疲れるし悩むし落ち込みますが、そう思える環境がすごく大事で貴重な場所です。

ー今後の展望は?

GTALIAに入社して一番最初に岩澤さんに質問したのが「カプレーゼって何ですか?」でした。そのレベルから始まったのですが、ゆくゆくは北海道でピザを焼きたいと思っています。

ピッツァって絵と同じで、真っ白なものに食材を載せていくじゃないですか。これが1個のアートだと思います。自分で作り出したものでお客さんを感動させるなんてめっちゃかっこいいですよね。

それで親を助けたい。成功して親を楽にさせてあげたいです。

毎週木曜日は商店街のお魚屋さんで修行する。
上京する日に撮影した、大好きな母と祖母との一枚。

■オーナー岩澤正和より

彼女は飲食業界の経験が全くない素人で、正直最初、期待は低かったです。仕事を辞めて上京する本気度にも半信半疑でしたが、本当に上京してお店にやってきた。笑

実は、うちの会社の採用の可否は、最終面接をしないと決められないのですが「5月に行く」と再度連絡があり、不動産の契約に使うから住所が必要ということで、まだ採用していないのに急遽採用通知書を作り、「まあいいか」という感じでスタート。

彼女には「就職って本当は選ぶより選ばれるものなんだよ」と伝えたかったですが、無知ってある意味恐ろしい。笑

でもね。

彼女の言葉には優しさも常識も乗っかっていたので、人として大切な心は持っているということはわかりました。自分の事だけしか考えられない人は、リスクを顧みず安定職を辞めて、行動することはできません。

田舎から東京にやってきて地に足をつけるって、実際は想像以上に厳しくて、東京のライフスタイルを自立させて慣れるだけでも時間がかかるのです。そこに飛び込もうとしていたし、自分を変えたいという強い想いを感じました。

彼女は今一年たって、やっと飲食店で働き技術を習得できる土台が出来始めた段階です。良い職人になる為に1番大切な、他人を思いやる人間性と、自身がピンチになった時に周りの助けを借りて成長する意味を少し理解したかな。

面接の形なんてどうでもいい。経験や知識なんてどうでもいい。

生きていく上で挫折は必ずある。それをどう乗り越えるか。そこが分かっていない若者たちの中で頑張っている彼女の可能性がようやく見えてきた。

まあ、こっからがまた大変なんだけどね。

他の会社は人手不足の時代だから、スタッフがやめないようにストレスを与えないように育てる。そこには不安な未来しか作り出せません。うちはね、本当に強い人材育成をしたい。自分で道を作れる人材育成か、道がないと生きていけない人材育成かは、大きな違いがあります。

スポーツと同じ。

飲食店でプロになりたければ、見習いとしてルールやチームワークを理解し、たくさんの感動を作れるようにならないと、この業界の価値がわからなくなって、業界の駒となる。一握りしか見ることのできない飲食業界の素晴らしい景色をうちに飛び込んだメンバーには一緒に見せてあげたいと思っています。

■編集後記

インタビューをする前、「私なんて中身何もないから」といって遠慮がちだった杏奈さん。しかしひとたびインタビューが始まると、彼女の中から初めて世の中に落とされたであろう、濁りのない言葉がどんどん出てきた。

その純粋さと彼女のうちに秘めた可能性の大きさに筆者は感動せずにはいられなかった。

まだ蕾の彼女を受け入れたFILIPPOの目利きと寛容さ。そして自分に最適な量の水を与えてくれる店を見つけて飛び込んだ杏奈さんの直感力。ちょうど良い絶妙なバランスで成り立つ従業員と経営者の関係性は、他のどんな会社を探してもなかなか見つけることができないだろう。

写真撮影時、岩澤さんに「箒を持って撮れ」と箒を渡された杏奈さん。その裏側にはこんな思いが隠されていた。「あんなの前職のスキルは圧倒的にこの後取り柄になるんだよね。毎日の街の掃除を継続的にライフスタイルとしてできる人は希少でこの街の宝になるでしょう。」

取材・撮影・執筆/井上美羽

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▷▶︎pizzaiwasawa@yahoo.co.jp (岩澤正和)

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